[ ビッキー・レアンドロス ]     Vicky Leandros


[ ビッキー ]  オールディーズ



♪  恋は水色  ( L'Amour Est Bleu )  ♪



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本名はビッキー・ヴァシリキ・レアンドロス・パパサナシュー。

1949年8月23日ギリシャ、コルフ島の生まれ。アテネで育ちました。

9歳の時に当時の西ドイツ・ハンブルグへ移住し、

幼少時から音楽家として活動していた父親から歌のレッスンを受けていました。

1964年、15歳の時にレコード・デビュー。

1966年にフィリップス・レコードから出した、

[ Messer, Gabel, Schere, Licht (ナイフ、フォーク、ハサミと光 ) ] がいきなり評判となり、

ドイツのティーンエイジ・アイドルとなります。

1967年、オーストリア・ウィーンで行われた 「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」 に、

何故か分かりませんが、ルクセンブルク代表として出場。

[ L'Amour Est Blue ( 恋はみずいろ ) ] を歌って4位に入賞、

世界中に名前を知られるようになります。

この曲は、「ポール・モーリアグランド・オーケストラ」 の演奏が、

アメリカを始め、世界的な大ヒットとなったことで知られています。

1968年のサンレモ音楽祭では [ Casa Bianca ( カーザ・ビアンカ ) ] で入賞。

以後世界的な活動を展開して行きます。

1971年からそれまでの "ビッキー" から "ビッキー・レアンドロス" と名前を変更し、

1972年、第17回 「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」 で、

再びルクセンブルク代表として出場。

[ Apres Toi ( 想い出に生きる ) 」 を歌って見事優勝しました。

60年代後半から1970年代前半にかけて

独語、仏語、英語、日本語などの言葉で歌って、数多くの国でヒット曲を放ち、

ヨーロッパやアメリカ、又日本などに活動範囲を広げました。

日本には1967年、68年、70年、72年にかけて来日し、

日本人が作詞作曲した歌を日本語で歌ってヒットさせています。

その他代表曲としては、

[ Comme Je Suis ( I Am ひとりぼっちの願い ) ] (1971)

[ 時の流れのように ] (1970) 作詞・山上路夫、作曲・川口真。

[ Le Temps Des Fleurs ( 悲しき天使 ) ] 1968年にイギリスのメリー・ホプキンが歌ってヒットした事で有名。

「白い十字架」 作曲・ヘンリー・アーランド、作詞・万里村ゆき子。

「Sunday For Waiting In Vain ( 待ちくたびれた日曜日) 」 (1967)

メロディーは覚え易く良いものが多く、

日本ではフレンチ・アイドルとして紹介されることが多かったように思われます。

現在もドイツを基点に、ヨーロッパでコンサートやテレビ出演など、

現役で活動を続けているようです。




[ 参考 ]
★ Official Homepage of Vicky Leandros ★

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