[ サイモン & ガーファンクル ]     Simon & Garfunkel


オールディーズ 60年代 「サイモン & ガーファンクル」




♪ El Condor Pasa (コンドルは飛んでいく) ♪  1970


I'd rather be a sparrow than a snail,
Yes, I would,
If I only could,
I surely would . . . hmm
 
I'd rather be a hammer than a nail,
Yes, I would,
If I only could,
I surely would . . . hmm
 
Away, I'd rather sail away,
Like a swan that's here and gone . . .
A man gets tied up to the ground, オールディーズ 「サイモン & ガーファンクル」
He gives the world its saddest sound,
Its saddest sound . . . hmm
 
I'd rather be a forest than a street,
Yes, I would,
If I could,
I surely would . . . hmm
 
I'd rather feel the earth beneath my feet,
Yes, I would,
If I only could,
I surely would . . .



♪ El Condor Pasa (コンドルは飛んでいく) ♪ を youtube で聴いてみる …









[ サイモン & ガーファンクル ]     Simon & Garfunkel


ポール・サイモン    ( Paul Simon )
アート・ガーファンクル ( Art Garfunkel )


共に1941年生まれの、ユダヤ系アメリカ人。二人は小学生時代からの幼なじみでした。

14歳の時に 「 トム&ジェリー 」 の名前で最初の曲 「 The Girl For Me 」 を作り、

その後音楽出版社への売り込みを開始しました。

1957年ロックン・ロール・ナンバー 「 ヘイ・スクール・ガール ( Hey, Schoolgirl ) 」 をリリースし49位のヒット。

人気アイドルになってしまったのです。

TVにも出演、ジェリー・リー・ルイスといっしょにステージにも立ちました。

その後変名で数枚のシングルを出しましたが何れも不発。

大学を出たポールは、当時フォーク界のヒーローとして大活躍していた

ボブ・ディランにあこがれ、イギリスへの旅に出ます。

ヨーロッパを旅行していたアートと合流し、イギリスのフォーク・クラブでのライブ活動を続け、

少しずつその名がマスコミに知られるようになって行きました。

1964年にグループ名を " サイモン & ガーファンクル " として、アルバム 「 水曜の朝、午前3時 ( Wednesday Morning 3A.M.) 」 をリリース。

しかしそのデビュー・アルバムは、当初3000枚程度しか売れなかったといいます。

結果にショックを受けたポールは再びイギリスへと渡ってしまい、アートも大学へと戻ってしまいます。

そんな時プロデューサーのトム・ウィルソンが、アルバム収録曲 「 サウンド・オブ・サイレンス ( The Sound of Silence ) 」

をエレクトリック・バージョンとしてシングル発売したところ、これが大ヒット。

続けての 「 スカボロー・フェア / 詠唱 ( Scarborough Fair / Canticle ) 」 は彼らの代表曲となりました。

1968年に、ニューシネマの代表作であると同時に、ラブ・ストーリーの定番ともなった映画、

「 卒業 」 ( マイク・ニコルズ監督、ダスティン・ホフマン、キャサリン・ロス、アン・バン・クロフト出演 ) の音楽を担当し、

このサウンド・トラック・アルバムからの 「 ミセス・ロビンソン ( Mrs.Robinson ) 」 で頂点に達しました。

1970年にはグラミーで3部門制覇という、ロック史に残る名曲、

「 明日に架ける橋 ( Bridge Over Troubled Water ) 」 を完成させ、その人気を確固たるものにしました。

このアルバムは、まさに歴史的名盤と呼ぶに相応しい作品でした。

( 「 El Condor Pasa ( コンドルは飛んで行く ) 」 「 Cecilia ( いとしのセシリア) 」 「 The Boxer ( ボクサー) 」 「 Bye Bye Love ( バイ・バイ・ラブ) 」等 )

このアルバム以降二人はソロ活動に入り、サイモン&ガーファンクルは自然消滅のような形で解散する事になります。

その後、幾度かサイモン&ガーファンクルとして再結成をしていますが、

1981年9月19日のニューヨークのセントラル・パークで行われたコンサートには、53万人もの観衆でを動員し、今も伝説となっています。

日本には1982年 に初来日し、当時の後楽園球場と大阪球場でコンサートを行っています。

近年にも時々再結成を行い、全米ツアー等で又ファンを喜ばせています。



* [ サイモン & ガーファンクル ] Official Web Site *







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