[ ニール・セダカ ]     Neil Sedaka


[ ニール・セダカ ]  オールディーズ



♪  おゝキャロル  ( Oh Carol )  ♪

♪  悲しきクラウン  ( King of Clowns )  ♪

♪  カレンダーガール  ( Calendar Girl )  ♪

♪  恋の一番列車  ( Going Home To Mary Lou )  ♪

♪  すてきな16才  ( Happy Birthday, Sweet Sixteen )  ♪

♪  恋の片道切符  ( One Way Ticket )  ♪

♪  小さな悪魔  ( Little Devil )  ♪



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1939年3月13日生まれ。ニューヨーク州ブルックリン出身 。

小さい時からピアノを習い、長じて同じアパートに住んでいた作詞家、

[ ハワード・グリーンフィールド ] と共同で曲を作り始めました。

1956年にホワイト・ドゥーワップ・グループ 「トーケンズ」 のメンバーとしてデビュー、

1960年代になってから「 ライオンは寝ている 」がヒット、

翌年ソロとして再出発し、シンガー・ソングライターの先駆けとして活躍を始めました。

その後はジュリアード音楽院でクラシックを学んだり、ズバ抜けた才能を発揮させていました。

1958年にコニー・フランシスのために作った、

「 間抜けなキューピッド (Stupid Cupid) 」 が14位のヒットとなり注目されます。

同年にRCAレコードとソロ歌手として契約を結び、

「 恋の日記 (The Diary) 」 (14位)

「 おお、キャロル (Oh Carol)」 (9位)

「 カレンダー・ガール (Calendar Girl)」 (4位)

「 すてきな16才 (Happy Birthday Sweet Little Sixteen)」

「 小さい悪魔 (Little Devil)」 (全米11位)

「 悲しき慕情 (Breaking Up Is Hard To Do)」 (1位)、

「 可愛いあの娘 (Next Door To An Angel)」 (5位) などをチャート・インさせ、

ポール・アンカと並ぶ、忘れられない全米のオールディーズ・トップアイドルとなりました。

ハリのある高音ヴォイスと哀愁のメロディの数々は、オールディーズの代名詞とも言われます。

シンガーとしてもソングライターとしても活躍することとなりました。

この時期の彼は日本での人気もとても高く、日本だけのヒット曲としては、

「 恋の片道切符 (One Way Ticket)」 (これは彼の作曲ではない)

「 悲しきクラウン (King Of Clowns)」、

「 恋の一番列車 (Going Home To Mary Lou)」

日本語で歌ってヒットした 「 涙の小径 (The World Through A Tear)」 などがあります。

ビートルズが登場した1964年以降はヒットに恵まれず、長い低迷期に入ってしまいます。

彼は上記50年代末〜60年代のオールディーズ時代と、

70年代S.S.W.時代という2つのピークを持ちます。

英米では“70年代S.S.W.時代”の方が評価が高いようです。

70年代に入り、「エルトン・ジョン」 が作った Rocket Records に移籍し、

1975年に 「 雨に微笑を 」 がナンバーワンとなり見事復活。

シンガー・ソングライターが全盛になると、彼もまたヒット・チャートに甦るのです。

エルトン・ジョンと組んだ 「 バッド・ブラッド (Bad Blood)」 (1位)、 リメイクの 「 悲しき慕情 」 (8位)、

「 愛ある限り (Love Will Keep Us Together)」 (1位) と大ヒットを記録し復活を果たします。。

コニー・フランシス、トム・ジョーンズ、フィフス・ディメンション、カーペンターズ等にも

作品を提供し、この頃が彼のキャリアのピークであったと言えるでしょう。

尚、日本で一番の大ヒットとなった 「恋の片道切符」 は、アメリカではB面曲で全くの無名曲。

もともとは 「おお、キャロル」 のカップリング用に録音された曲で、

作曲は彼ではありませんが、哀愁に満ちたメロディがどうやら日本人の心を掴んだようです。

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