[ ナット・キング・コール ]     Nat King Cole


[ ナット・キング・コール (Nat King Cole) ]  オールディーズ



♪  ネイチャー・ボーイ  ( Nature Boy )  ♪



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1919年3月17日 アメリカ・アラバマ州 ( Alabama )・モンゴメリー ( Montgomery ) にて、

母は教会オルガン奏者、父親はバプテスト派牧師の聖職家の両親の間に生まれました。

本名 ナサニエル・コール ( Nathaniel Adams Coles )。


シカゴに移転した5才の頃から母親にピアノを学び、12才で教会のオルガニストになりました。

15歳の時に初めての自分のバンドを結成しています。

彼のピアノ・プレイは高い評価を得て、” キング ” の愛称を貰い、

いつしか ” ナット・キング・コール ” と呼ばれるようになりました。

こうして彼はピアニストとしてのキャリアを積んで行く事になっていったのです。

1939年に結成したトリオ ( Nat King Cole Trio ) での活動は有名。

最初ナット・コールのバンドは、ピアノを中心としたトリオの演奏でした。

その中で彼は時々弾き語りをするようになるのですが、” 歌 ” の評価が次第に高まっていきます。

1946年トリオを解散、ナット・コールは歌に専念することを決意します。

1948年 「 ストレートン・アップ・アンド・フライ・ライト ( Straighten Up and Fly Right )」 がミリオンセラー。

映画では 「 忘れられない人 ( Untamed Heart )」 のエンディング曲として、

この 「 ネイチャー・ボーイ ( Nature Boy )」 もあります。

1949年には不朽の名曲 「 モナ・リザ ( Mona Lisa )」、1951年に 「 トゥー・ヤング ( Too Young )」、

1952年に「プリテンド(Pretend)」 と、この時期連続ヒットを飛ばして

” 歌手ナット・キング・コール ” の名は不動のものとなりました。

1940年代は時代の先端を行くジャズ・ピアニスト、( 彼のピアノの偉大さは後世再発見されることになります )。

1950年代以降は偉大なポップ・シンガーとして活躍。


ナット・キング・コールがアメリカのエンターテイメントに残した功績は偉大でした。

それはまさに 『 Unforgettable 』 なものであり、1991年ナット・キング・コールの声をオーバーダビングさせた、

娘ナタリー・コール ( Natalie Cole ) とのデュエット曲 「 アンフォゲッタブル ( Unforgettable )」 も大ヒットしました。

歌手としてまだ絶頂時の1965年2月15日、サンタモニカの病院で肺ガンにより死去しました。

(彼は相当のヘビースモーカーだったと言われています。)

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