[ チャック・ベリー ]     Chuck Berry


[ チャック・ベリー ]  オールディーズ



♪  ロックンロールミュージック  ( Rock And Roll Music )  ♪



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本名チャールズ・エドワード・アンダーソン・ベリー (Charles Edward Anderson Berry)

1926年10月18日ミズーリ州セントルイス生まれ。(カリフォルニア州サンノゼ生まれとも云われています)

「ロックンロールの神様」と呼ばれ、その後のアーティスト達に大きな影響を与えました。

彼の代表曲はザ・ビーチ・ボーイズやビートルズ、エルヴィス・プレスリー、ローリングストーンズ等にカバーされ、

オリジナル曲を聴いたことがなくても、知っている人は多いと思われます。

小さい時から音楽に興味を示し、6歳の頃から聖歌隊に加わり歌を始めています。

当時のセントルイスはジャズ、R&Bの中心地で、ナット・キング・コールなどのヴォーカリスト、

チャーリー・クリスチャンなどのギタリストは、彼に大きな影響を与えました。

その後バンドを立ち上げ、プロのミュージシャンとしての活動を始めます。

1955年チェス・レコードと契約し、[ Maybellene (メイベリーン) ] (全米5位)でデビューしました。

全国的なヒットとなります。このときすでに28歳、遅咲きのデビューでした。

1956年、続くシングル [ Roll Over Beethoven (ロール・オーバー・ベートーベン) ] (全米29位)が出る頃には、

R&B界のスターの仲間入りをしていました。

1957年最初のアルバム [ After School Session アフター・スクール・セッション ]

シングル [ School Day ( スクール・デイ) ] (全米3位)

[ Rock 'n Roll Music ( ロックンロール・ミュージック) ] (全米8位)

1958年には2枚目のアルバム [ One Dozen Berrys ( ワン・ダズン・ベリーズ) ]

シングル 「Sweet Little Sixteen ( スウィート・リトル・シックスティーン) ] (全米2位)

[ Johnny B Good ( ジョニー・B.グッド) ] (全米8位)

[ Carol ( キャロル) ] (全米18位)等、

次々とロックン・ロールの名曲を生み出して行きます。

1959年12月、彼は 「マン法」 によって逮捕されました。

ベリーに対する懲役5年の判決は、後に3年に減刑されましたが、

黒人差別の意識が、少なからず影響したものではないかと噂されました。

彼はそのキャリアにおいて、最も重要な時期を刑務所で過ごすことになってしまったのです。

1959年、3枚目のアルバム [ Chuck Berry Is on Top ( ベリー・イズ・オン・トップ) ] を発表。

1960年、4枚目のアルバム [ Rockin' at the Hops ( ロッキン・アット・ザ・ホップス) ] を発表。

1964年に彼は社会復帰し、すぐに音楽活動を再開します。

しかし、その間にロックン・ロールの時代は終わり、かつての彼の輝きが戻ることはありませんでした。

1964年、ビートルズやローリング・ストーンズ等の人気バンドが、

ベリーの曲をカバーしたため、ベリー自身の人気も再浮上しました。

シングル [ Nadine ( ネイディーン) ] (全米23位)、

[ No Particular Place To Go ( ノー・パティキュラー・プレイス・トゥ・ゴー) ] (全米10位)、

[ You Never Can Tell ( ユー・ネヴァー・キャン・テル) ] (全米14位)等がヒットしました。

後にロックのルーツとなる特徴的なギターリフ、

ギターを弾きながら腰を曲げ、ステージ上を跳ね回るパフォーマンス 「ダック・ウォーク」。

とりわけ特徴的なギター・リフについては、数多くのアーティストに影響を与え、模倣されているので

「もしもギター・リフに著作権があったのならば、

チャック・ベリーは世界一の金持ちになっていただろう」 というコメントまであります。

彼のギター・リフの数々を使った事の無いロック・ミュージシャンは、多分いないだろうと言われています。

1972年、アルバム [ The London Chuck Berry Sessions ( ロンドン・チャック・ベリー・セッションズ) ] (全米8位)、

[ Reelin' and Rockin' ( リーリン・アンド・ロッキン) ] (全米27位) がヒットしました。

意外にも、50年代の全盛期でも成し遂げられなかったNo.1ヒットが、

デビューから15年経ってようやくやってきました。

同年の [ My Ding-A-Ling ( マイ・ディンガリング) ] が初の全米1位になったのです。

1979年彼は脱税の罪で、再び3ヶ月の間刑務所暮らしをすることになります。

しかし、デビュー以来、チャック・ベリーのギター・リフを信奉するローリング・ストーンズが、

チャック・ベリーの60歳の誕生日を祝うためバースデイ・コンサートを企画します。

そのライブを映像に収めた映画 「Hail Hail Rock'n'Roll (ヘイル・ヘイル・ロックン・ロール) ] は世界中で大ヒットし、

再びチャック・ベリーと 「ダック・ウォーク」 が日の目を見る事になりました。

彼はロックにアメリカの若者文化を持ち込み、アメリカの若者達に支持されました。

そして世界中の若者達にも、ロックン・ロールを広めた貢献者だったと言えるでしょう。



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